同じ経験がなくても人の心は動かせる 助言が響く条件
同じ経験はなくても心は動かせてしまう
私は他人に比べ、人生経験がない。
そのぶんインプットをしてきたので「問題はここにあるんじゃないか」とある程度のあたりがつく。
しかし身内からの相談に答えているときは「経験してないのにわかったようなことを言うな」とクレームをいただく。
しかしこれは実はクレームではない。
「あなたの言った言葉で私の心が動きました」というメッセージなのだ。
「誰の言葉か」を重視しない素直さも時には必要
「経験がないことはアドバイスできない」というのは嘘だ。
野原しんのすけ(クレヨンしんちゃん)の「欲しいものは欲しいんだゾ!」の言葉にハッとしたまつざか先生が
恋人の旅立つ空港へ向かうシーンでわかるように
相談者と同じ経験をしていなくてもアドバイスはできるし、
人を行動に駆り立てることは不可能なことではない。
「心が動いた」ことを受容する素直さがあれば、トリガーとなったのが同じ経験をした人からの言葉だったかは問題にならない。
経験がない人間だからこそできること
同じ経験をしていない人間にしかできないことがひとつある。
ある考えに囚われている人を半ば強制的に救い出すことだ。
今にもビルから飛び降りようとする人を見つけてしまい反射的に飛び降りさせない行動に出た人の話を聞くことがある。
救い出したあとで「無責任に助けるな!」などと言われるかもしれないが10年後に同じことを言われるかはわからない。
無責任な行動力が人を助けることは実際にある。
(とはいえクライアント(相談者)と同じ経験をしていることは、多くの場合は有利に働くことは申し添えておく。)
「自分は正しい」スタンスのアドバイスが嫌がられる
自戒を込めてあえて断言するが、
「経験してないのにわかったようなことを言うな」
と言われてしまうのはアドバイスする側の伝え方に問題がある。
伝え方に問題が生じる理由は、アドバイスする側に素直さ(自分も間違っているかもしれないという気持ち)が失われているからだ。
クライアント(相談者)の「素直になれなさ」に、アドバイスする側が影響を受けてしまい、素直さが失われたためとも言える。
カリスマ教師の言葉が響く理由
金八先生やGTOなどのカリスマ教師モノのドラマにおいて
教師の言葉が生徒に届く理由は
「私が正しいわけじゃないのは本当は自分でもわかってる。
怖いよ。自分の価値観がここで否定されるかもしれないんだから。
だけど怖くても好奇の目に晒されてもリスクを冒してでも今伝えたい。
だってあなたとわかり合いたいから。そのためなら自分が壊れたっていい。」
この姿勢が生徒に伝わるからだ。
人を安心させるのではなく、人の心を動かすのが私の本望だ。
そのためには 簡単なことではないが
揺さぶられても「本当は私も怖がっている」に蓋をしてはならない。
むしろ揺さぶられた悲しみを即座に表現できるぐらいでいい。
よろこんで恥をかき続けていたい。
本当に守るべき価値のあるものなどこの世に存在しないのだから。


この記事へのコメントはありません。