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人生を間違えにくくするとは、決断を間違わないということだ。

「決断」と「発信の型」には関連性があるので、あなたはどっちのタイプだろうか。
情報発信はしていないという方も、「人と話すときの型」に置き換えて見てほしい。

人生論を発信している人は大きく分けて、発信の型が2つある。

パワー型
パワー系ゴリゴリ持論YouTuber。
断言や煽り、熱量と勢いで人を動かす。

摂理型
心理学・哲学・スピ系など「摂理」を発信する人。
頭よさげに構造や原理を語る人だ。

どちらかのみに偏りすぎると胡散臭くなり信者しか集まらない。
信者以外にも届かせるには、そして胡散臭さを消すには、実は両方の要素が要る。

聴衆はパワー系の勢いに引っ張られる。
しかし、構造理解ができないもの、摂理がないものは、長期的に破綻する。
パワー型の最大の弱点は、摂理がないことだ。

パワー型にありがちな「単純化」も危険だ。
パワー型は、サンプル1の成功談をもとに教訓をつくり、それを断定的に語ることにより、「俺が今から言うことが宇宙の普遍であり正しいことです」を演出しなければならない。
つまり本来複雑である物事を単純化し、断言をしなければならないため、
あらゆる事情や背景を切り捨て、現実的な制約(お金・体調・環境)を軽視する。

「言っていることが極端すぎないか?それって結局世界狭くないか?」
「一つではなく様々な要因が絡まっていることを理解しているのか?」
という視点で発信者を見る必要はある。

そして「俺様の説く普遍」に当てはまらない事例へのフォローがあまりにも脆弱なことがある。
(それは自己責任だ、などと言って放棄する)

こういったことからパワー型は、地雷を踏みやすい。
自然とひとりよがりになりやすく、敵が増えることで足元を掬われる。

心理学や哲学やスピ系は、そもそも現実で使いこなすまでに訓練が必要だ。
現実で使えない人間にとって、それがどの程度効果があるのか検証不能ということになる。
そして検証不能さゆえ、可能性を感じさせるので、依存を生む危険がある。
(今はまだできてないけど、この心理法則さえマスターしたら彼は振り向くんですねっ!)

摂理型がパワー型に明らかに劣る点は何かというと
発信そのものが誰かのコピーになってしまう点だ。
そこに一滴でも持論・経験談をプラスすればカバー曲になれるが、単なるコピーをやっている人が多い。
それではAIに置き換わるし、響かない。

また、摂理型は自らが狂信者になってしまうことがある。
なぜなら摂理を絶対化すると狂信になり、断定が増えるからだ。
摂理型の皮を被ったパワー型が誕生するというわけである。

心理学や哲学を怪しいという人がいるが、これらは「摂理」だ。
人間の行動の法則性を解明しようとするものだからだ。
心理学、哲学、精神医学(もっと広くとるなら人類学、社会学)などを含めたい。

間違いにくい人は、
この「摂理」を土台にして、現実の経験で答え合わせを繰り返し、持論を創っていく。

摂理を学ぶ

現実で検証する

それを繰り返して、自分の持論を創り出す

中身が伴ったパワー系持論の発信ができるようになる

人生を間違えにくくするとは、決断を間違わないということだ。

摂理だけではそもそも決断に至らないし、
パワーだけでは、決断はできるが決断をミスることがある。

この決断センスを育てるのが、摂理の土台に基づいた持論だ。
中身が伴った持論、説明可能な持論を持っていれば、良い決断ができる。
良い決断ができる人は、人生を間違いにくいというわけである。

(補足:ただし「感情」に原因があって決断ができないなら決める力を育てましょうと、心理学的方法論で決断力を底上げするという話は別軸として存在する

しかし、「摂理の土台」を持てること自体がそもそも難しく、希少なことだ。
なぜなら、摂理の土台を作るには、果てしなく膨大なインプットが必要だ。
私の偏見だが、1000冊以上の読書をしていると白状する人を散見するが、このレベルの人は土台がある印象がある。
人生の一時期に、異常なほど読書をした経験がある人がそれに近い。そこに導かれること自体が、運がいい。
しかしそのレベルの人は圧倒的に少ない(私にもそんな土台はありません)。

有利な職業は、作家、脳科学者、精神科医などだ。
その職業をするために、摂理系の膨大なインプットが必要だからだ。

パワー系ゴリゴリ持論YouTuberに、哲学や心理学の摂理を勉強している人がどれだけ思い浮かぶだろうか。
「経験から得たものがなによりも尊い」という意見も一理あるが、
所詮サンプル1の経験にすぎないことは先述した。

フローチャートに示したように
摂理型の力を得てから→パワー型の力を得られるという順番が現実的だと思っている。
パワー型の人が摂理型の力を得ようと勉強に目覚めることは稀と思われ、パワー型は終生パワー型のままのことが多いかもしれない。

「いろんなことを知っていたほうが間違えにくいですよ」という、単純な話でもない。

なぜなら
知識が増えただけでは、選択肢が複雑化し、決断ができなくなる
情報過多という落とし穴だ。

情報過多で動けなくなるのは、まだその知識が自分の持論として確立されていないからだ。
つまり現実世界での検証が足りていない
持論がない人は、様々な情報が同じ重さで並び、どれも捨てられない。だから決められない。

摂理を学ぶ時期は必要だ。
しかし、ずっと摂理の海を泳ぎ続けても人生は進まない。
どこかで「私はこう思う」という結論を出す必要がある。

知識の土台の上に、パワーでの決断を乗せたとき、人はようやく間違いにくい方向へ前進ができるのだ。

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