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ある日
「私は親に学費を出してもらったから」という言葉を聞いた。

私は素直ににこう思った。
「そんなん思ったことねー」「え、親が学費だすのって当たり前じゃね!?」

私はよく家族から「感謝が足りない」とご意見をいただくので、「自分は人として終わってる」と思い悩んでしまうわけである。

「お前は感謝が足りない」と言われてへこむのはアホだ。

私たちは
感謝ができない「人間」なんじゃない。
感謝ができない「状態」になっているだけだ。

感謝とは、感情なので、しようと思ってできるものではない。
感謝を「する」という動詞がくっついちゃってるので、「感謝は能動的にすることができる」と思ってしまいがちだが、
感謝は「する」ものではなく、「おこるもの」ということを今一度覚えておいてほしい。

「親に学費を出してもらったことに感謝できない」を例に、感謝ができない理由を抽出していこう。

学費を出してもらっても感謝できてない理由
大学入試は「やらなきゃいけないこと」だったから

義務感・やらされてる感があると、感謝がおこらない。
反対に、やりたいことをやっている人は「おかげさまでやりたいことやらせてもらってます」という思いが自然と出てくる。
大学に入るのは私の環境では義務感があったため、感謝できないというのが正直なところであった。

学費を出してもらっても感謝できてない理由2
恵まれてきたから

例えば経済状況が ❶裕福❷ギリギリ❸絶望的 の3つのうちいちばん感謝が生まれやすいのは
❷ギリギリ だと思っている。
経済的に行けるかどうかわからないけどなんとかいけた!という不安定な状況をクリアすると喜び=感謝が生まれる。

❶裕福 であれば、不安定を乗り越えるという挙動が起きないので、感謝が生まれない。

❸絶望的 の場合、不貞腐れ、無価値観、罪悪感などに支配され、感謝は生まれない。

学費を出してもらっても感謝できてない理由3
してもらったことと同じことを他人に与えていないから

2番目の理由と似ているが、はっきり言えば「子供を育てて学費を払ったことがないから」だ。
「自分も親から同じようにしてもらったけど、こんなに大変なことだったのか」と身をもって経験したことがないため感謝が生まれない。
しんどさを体験しながら同じ行為を他人に与えたことがない、つまり恵まれていたとも言える。

上記を反転させると、感謝が生まれる条件が見えてくる。

これらが、感謝が生まれる下地になり得る。

加えて以下の条件もあると考えている。

誰かに責められながら感謝ができる人はいない。
「いいよね〜あんたは!」と責められて「おかげさまで」と返すのは皮肉であり、感謝ではない。自分を正当化したくなる。

「前の職場にいたあの人の存在、ありがたかったな」と過去を振り返ることがあるだろう。
そのときは必ず、心に余裕があるはずだ。
絶望的状態では感謝は生まれないと述べたが、これも反転させれば、感謝が生まれるときは心に余裕がある、ということができる。

感謝は「おこるもの」というアイデアを採用してほしい。

逆に 感謝されなくて傷ついたとして、相手に何が起こっているのかを考察するのに役立ててみてほしい。

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