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受け入れるや手放すについて、

「どうすれば彼を受け入れられるようになりますか?」
「どうすれば諦められるようになりますか?」

この質問をする人が、まだ見えていないことがある。

あなたができるようになりたい「それ」は、
「技術があればできること」なのか
「その気があればできること」なのか。

何かができるようになるということは
1 技術で解決するもの(やり方を学べばできる)
2 その気で解決するもの(やり方より腹の決まり方で決まる)
この2種類が存在する。

「受け入れる」「手放す」
こういったことを、技術の世界観で捉えていないだろうか。

心理学系の言葉は、本来はその気が揃うからできる系統のことが多いのだが、技術の話だと勘違いさせやすい。
勘違いしてしまう理由としておそらく、書き物系のワークが多かったり、このワークを普段からやりましょう〜といった「習慣化」の要素が目立つためかと思う。

今回はこれがただ言いたいだけである。
当たり前のことなのだが、知らなければ迷子になってしまう。

技術でやるものではないものの具体例は

受け入れる
飛び降りる
申し込む
言い返す
告白する

これらの特徴は、「やり方もクソもない」ということだ。
だが、それを実際にやるのは難しい。

飛び降りる。
方法自体は、ただ身を投げ出すだけで、技術は不要である。
ただ、この高さから飛び降りてもいい、とその気になれることは人生でなかなかないだろう。
自分を壊してもいいと思える、強烈な理由(勘違いでも可)がある(自分を壊したくて飛び降りる)
もしくは、高所だがここにいたら助からない(自分を壊したくなくて飛び降りる)
こういった背景があって、飛び降りるに至る。

しかし、さらに
受け入れるは、飛び降りるなどとは明らかに性質が違う。
受け入れるとは、感じたくない感情を感じることそのものだ。
飛び降りるとは、その行動によって感情が惹起されるが、感じることそのものではない。

受け入れるためには、
自分自身を育てること(自分軸など)の他に
自分を客観視する(受け入れられない理由・思い込みを探す)必要があり
他の誰かやカウンセラーなどのサポートがなければ難しいことも多い。
このサポートが、方法論を駆使しているように見えてしまうことはあるかもしれない。

また、受け入れるのはしんどすぎるので、方法論で解決すると思いたい私たちもいる。
しかし残念ながら「受け入れる」は方法論ではない。
この現実を知らなければ、いつまでも受け入れられない、手放せないという状態が続くのかもしれない。

受け入れるは、感じたくない感情を感じることなので
「余計な思考が挟まれない」という特徴もある。

思考は怖れがあるからするものだが、
怖れの対局が、愛である。つまり受け入れる=愛と言う説明が可能だ。

また、別の言い方をすれば
受け入れるというのは、気づくこと、思い知ることでもある。
であれば、方法論ではないのはおわかりいただけると思う。

また、
「ワークやカウンセリング、思考を変えていく努力を続けていけば受け入れられるようになる」
といった記述も、
自動的に受け入れられるという誤解を招く気がする。
寝てるだけで痩せるというような。
そんなはずはないのだが。

たしかに、方法論によって受け入れられる素地・基礎学力的なものは作られる。
「ワークをやれば受け入れられる体制が整う」は間違ってはいない。
だが、「なんだか知らないうちに受け入れが終わってました」という直線経路ではない。

受け入れることは思い知ることや気づくことだと言ったが、その際に、なにかしらの感情を感じることになる。
感情を感じれば記憶に刻まれる。「知らない間にできている」ということは成立しない。
自戒を込めて言うが、「嫌な感情から逃げないこと」を自分で選び、感情の記憶を積み重ねるからこそだんだん受け入れられる。
そのチャンスは、嫌ではあるが、自分で自分に何回も与えていかなければ何も変わらないものだと思ってみてほしい。

感じたくない感情を感じることを積み重ねるチャンスを自分に与え続けた人だけが、そこに到達できるのではないだろうか。

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